雨の日
濡れて重くだらしなくずりおちた地下足袋、くるぶしまで雨水に浸かって、一枚十貫ほどもある石板をはこぶ。雹かともおもわれるほどの大粒の雨が、土を殴る。泥が跳ねて、今朝たてたばかりの石材を汚している。坂のうえの区画で掘りあげられた泥が、大量の雨水とともに境内のしたへしたへと流れ出ていくことを止めるすべもない。うなじを雨に撃たせながら、うつむいて煙草に火をつける、それもすぐに消されてしまう。
「やれやれ、とんだ災難だ」
工期がどうにも狭くるしいので、今日はだいぶ早く仕事をはじめたのだった。一週間の疲労と筋肉痛をひきずりながら。
「土留だけでもたてちゃいたいね」
「あとあそこの斫りと、あれとこれと、ですかね」
「そうだね、そこまでいけば、来週も楽だろうね」
「なんだか嫌な空ですけどね」
「予報じゃ雨がすこし降るようだよ」
少しどころではなかった。
空の底が抜けたと思われるような、密林の雨を想起させるような激しい厳しい雨が降った。それでも植木の仕事ならばやれることもあっただろうが、外構工事ではそうもいかない。午前の作業のために練ったモルタルも、朝ふたりでじっくり練った計画も、すべてが流されてしまった。石をたてることも、穴を掘ることもできない。それではせめてもということで、石板をかかえて運んでいたのだった。
丘に建てられた寺、道具や材料を運ぶにも難儀するような坂道、階段だらけの境内。そこを威勢よく雨水がどうどう流れていく。排水穴からは鉄砲のような水がとびだしている。
工期のはじめに行った移植でつかれた八本の樒たちは、この雨に歓喜していることだろうけれど、今日の作業を奪われたふたりの職人は、朝にあげた気炎もすっかり消されて、火のないろうそくのように悄気げている。
雨宿りをする軒も壁もなく、相棒は合羽すらなく震えている。ぼくは薄い合羽を着てはいたが、全身濡れていない箇所などなかった。
こんな日でも納骨はあるらしく、石屋があわただしく準備しているらしい。お互いに散々だね、といった顔と顔で笑いあう、それはもちろん苦笑いだった。階段をおりていくぼくの足元を、素早いねこのように、雨水の塊がすべりおちて追い抜いてゆく。
ふだん声の小さいぼくは、強いてはりあげるように話さなければ、このごうごうと降る雨の音にかき消されてしまう。地からはざあざあとこれも五月蝿い。
「ひどい雨ですね、こんなのフィリピン以来ですよ」
「雨には勝てないね、なにもできないよ、これじゃ」
「今日は半日でひきあげるしかなさそうですね」
「止んだところで、なにもできないものな」
帰りの車中からずっと、ゆきさきの失われてしまった意欲がくすぶっていた。家についてからもそれはつづいた。夜になってやっと諦めがつき、筆をとった。
財布から慎重にぬきだした紙幣や、池に落としたような図面はまだ干してある。戸外からはいまも雨の音が聞こえている。さいわいにも、今日はまだ雨漏りはしていない。