木曜荘

ものかきの日記

2022/10/23

仕事が捗った。池になってしまっていた箇所(水の引い高さまで)を埋め戻し、砕石、コンクリで補強してカロートを建てた。そのうえに五輪塔がたつので、しっかり時間をかけた。

日曜ということもあり朝の道はガラガラだった。家を出るすこし前に相棒が電話があり、寝坊したとのことだった。日曜だからいいじゃない、とだけ言って家を出た。相棒がつくまでの二時間弱、ひとりで黙々と土を掘り上げ、平らにしていた。汗がぼたぼたと落ちた。十一月ももうすぐなのに、半袖シャツ一枚で作業していた。

一日の仕事を終える頃、いつ移籍してくるのかという話になった。本気で言ってる?と訊くと軽く怒られた。「当たり前じゃないですか」。ありがたいことだ。ぼくも真剣に考えている。移籍したとして、ずっと続けられるのか、それ以上に、役にたてるのか。ずっとずっと考えているが、答えをだすことを恐れている面もあるようだ。というより、案外答えはもう出ているのかもしれない。それを決断するなにかを求めているのかもしれない。

独立して、一人で庭ばかりを四年まわった。いい経験になったと思う。独立しなければわからないことがたくさんあった。自分の病気を悲観して、会社づとめなどできないと決めつけていた。実際、ひとりでやっていれば病状にあわせてスケジュールを変更できるという強みがあった。けれど、現場を休んだことはほとんどなかった。まちがいなく、病気との付き合い方はうまくなっている。

移籍先は休みをしっかり取らせてくれるし、社長はぼくの闘病初期のひどいときからぼくのことを知っているし、病気についても理解してくれている。やっていけそうな気がする。

四年やってきたのだ。愛着はある。常連さんもいる。現場は近場ばかりだし、どの現場も毎年の繰り返しだから、慣れたものだ。それをわざわざ手放して、忙しい会社に移籍することは、どうなのだろう。のんきにやっていくには、いまの状態を維持できるだけ維持するほうがいいに決まっている。でも世話になったぶん、いまの自分でできることをすべてふりしぼって、恩返しをしたいとも思う。そのためにはしっかりと社員になって、中まで食い込んでいくほうがいいとも思う。できることしかできないが。

いま移籍すれば役にたてる、ということが大きい。若い職人ばかりだから、彼らの成長を支えるという役目は担えると思うのだ。彼らが成長したあとでは、たぶん今ほど役にはたてないと考える。その時期を過ぎて、自分にいまの常連の仕事がすべてあるとは思えない。庭はマンションやビルと違い、大事にしていた人がいなくなればなくなってしまうのだ。減る一方でしかない。そういう観点では、いまのうちに船をのりかえるほうが自分のためにもなるのではないかという考えもある。

人の役にたち、自分のためにもなる道を選びたい。選択をする以上、選ばかなった方は手からこぼれていく。どちらも拾うことなどできない。何かは失う。どちらかなのだ。両方という手はない。

…などと自分に言い聞かしたり取り消したりを繰り返している。そろそろ決着をつけたい。