木曜荘

ものかきの日記

2022/09/23

びっしょりと濡れて帰ってきたが、雨なのか汗なのかわからない。指から松の匂いがする。石鹸の泡でそれを流す。植木屋の荷を浴室におろす。

松毬は本に似ていると思う。機が熟せばそれはしずかにひらかれて、種子を風にのせて空に蒔く。種子は言葉に、いや、詩に似ている。いつかどこかで、誰かと何かと結ばれて、新たないのちを生むかもしれない。

本はそこにうみだされた言葉を守る。開くものがあるまで、じっと閉じている。開かれるのを待ちわびながら。文机のうえに今日むしってきた松毬を転がしながら、まだ綴じられない一冊に思いをはせた。どういう本になるだろうか。これだけが今のぼくの生きる理由だ。題は「蕾」。焦らなくていい、ゆっくりとうちへうちへ、作っていけばいい。花の蕾を真似るように、ゆっくりと、じっくりと。

庭は今日で片付いた。ぼくの今年の結もどうやらおわり。明日天気が回復すれば、ついでの一日、お手伝いに行くことになるが、どうだろうか。

今日もさっさと夕食をとり、薬を飲んだ。気圧の影響もあってか、まだまだ調子がでないので、油断せず、早く眠る。こういうときは眠るに限る。もういい加減、この病気との付き合いかたもわかってきたようだ。なにしろ二十年以上の付き合いだから。

夜に、なにか楽しいことに出くわすと、薬を飲んでしまったことを悔いることもないでもないが、仕方ない。元気になればまた夜ふかしを遊べるだろう。いまはとにかく、じっと守る。自分のこころを。